詩「思い出に止められて」

築50年の今にも崩れ落ちそうなアパートに住むこの男は自分の半生を呪っていた。

男はこれまでの人生の中で何かを一生懸命やった事も人を愛した経験もなく、夢も希望も貯金も持ち合わせていなかった。

毎日毎日ひたすら「なんで俺は生きているんだろう」と頭を抱えているだけだった。

生きる目的もないままただ日銭を稼ぐためだけに生きる日々、いつしか彼の苦悩は他者への憎悪へと変わっていった。

「俺だけが毎日こんな思いをするなんて不公平だ…全員道連れにしてやる」

理不尽な憎しみは徐々にエスカレートしていき、男は事あるごとに邪悪な妄想に取り憑かれるようになった。

そんなある日、男はとうとう限界を迎えた。

「今日だ…今日、全てを終わらそう」

男はもう二度とこのアパートに戻って来る事はないだろうと思いながら身支度を済ますと、ある邪悪な計画の準備に取り掛かっていた。

そんな時、アパートの外から子供の笑い声が聞こえて来た。

「ちきしょう、ふざけやがって」

男は子供が嫌いだったので、すぐさま憎しみの対象にその子を選んだ。

獲物を物色するように窓から様子を伺うと、そこには母親と手を繋いだ幼い男の子がいた。

彼等を見失わないように男は急いで窓から離れて玄関に向かおうとした。

すると突然「ママ、大好き!」と外の男の子が叫んだ。

その瞬間、男は玄関に向かうのを止めた。

そして、両の目から大粒の涙をボロボロこぼして泣き出した。

「ママ大好き…か…俺も昔お袋が大好きでいつも一緒に手を繋いで歩いたな」

男はしばらく子供のように泣きじゃくると布団に横になって深い眠りについた。

そこで男はある夢を見た。

幼稚園の帰り道に母親と手を繋いで歩く幼い頃の自分の夢だ。

帰宅途中に自宅の近くのコンビニでアイスクリームを買ってもらって夢中で食べる幼い頃の自分とそれを優しく見つめる母親、そんな光景を男は夢の中で俯瞰ふかんしていた。

数時間後、目を覚ました男は洗面所で顔を洗うと鏡に映った自分の顔を見ながら心に決めた。

「後10年くらいは頑張って真面目に生きて、その後の事はその時考えよう」

10年後に男がどうなっているのかは誰にも分からないが、願わくば彼には幸せになって欲しい。

彼自身のためにも、そして彼の周りの人のためにも。

なぜなら10年後も彼がまた邪悪な妄想に取り憑かれたら、その時はもしかしたら優しい思い出も彼を止める事は出来ないかも知れないからね。

 

 

 

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