詩「森の吸血鬼」

結構前にうちの近所の森に吸血鬼が出ると噂になっていた時期があったんだよ。

俺は昔からオカルト好きだったからこの噂を聞いた時は正直かなり興奮したな。

もう居ても立っても居られなくってさ、俺は友人数人に電話してみんなで夜にその森に入って吸血鬼狩りをしようとしたんだよ。

でも当時俺達はまだ中学生だったから夜に集まって森に入るなんて親が絶対に許してくれなかった。

だから仕方なく学校帰りにそのまま集まって森に入る事にしたんだ。

そしてその当日、近所の森って言っても年に何人も遭難者が出るくらい大きな森だから俺達は逸れないように注意しながら歩いた。

最初はみんなワクワクの冒険気分で森を散策していたんだけど、途中で霧が出てきて視界が悪くなると、一気に緊張感が増してみんな無口になったんだ。

しばらくすると霧はより一層濃くなり、辺りが薄暗くなって太陽の光が森に届かなくなった。

「もう帰ろうよ」

友人の一人がそう言うと、みんなも「そうだね、遭難する前に帰ろう」となって森を出る事にしたんだけどさ、俺は正直言って「え、もう帰るの?」って感じだったんだ。

とは言っても一人でその霧の森に残る勇気はなかったから俺もみんなと一緒に来た道を歩いて戻っていたんだけど、途中で異変に気が付いたんだよね。

森を歩く足音が一つ多かったんだ。

それでさ、俺がみんなに「おい、誰か後ろからついてきてるぞ」って言うとみんなパニックになって一斉に走り出したんだ。

なんせ深い霧の森だからね、みんなあっと言う間に逸れてしまって誰がどこにいるのか全く分からない状況になっちゃったんだ。

俺も怖かったからなりふり構わず一人で走ってたんだけど、途中で木に頭をぶつけて気を失ってしまったんだよね。

気が付いた時には霧はもう晴れてたけど、でももう完全に夜だった。

幸い、月が出ていたから辺りは結構明るくてそんなに怖くなかった。

俺はしばらく周りをきょろきょろしながら直ぐに一人で帰るか、それともみんなを探してから帰るか考えていたんだ。

そしたらさ、どこからともなく若い女の人が現れて俺に「大丈夫?おでこから血が出てるよ」って言うんだよ。

びっくりして思わず「あ、はい、大丈夫です!」って言うと、その人は無表情のまま「そう、良かった」って言って俺の頭を撫でてくれたんだ。

普通に考えたら夜の森で出くわした女に頭を撫でられたら不気味に思うんだけど、その時は何故かほっとしたんだよね。

「あの、お姉さんはこんな所で何をしているの?もしかして…..」

俺はその時もう既に半分その女の人が噂の吸血鬼だって気が付いてはいたんだけど、確信が持てなかったから一応聞いてみたんだ。

「もしかしてお姉さんが噂の吸血鬼なの?」

すると彼女は「そうよ」と一言だけ月を眺めながら言った。

俺はその瞬間急に恐怖が体の底から湧いて来て、後退りしながら彼女に質問を続けた。

「もしかして…..俺を殺して血を吸うの?」

彼女は一瞬だけ俺の顔を見て「ううん、殺さないよ」と、また一言だけ言うと再び月を見つめ出した。

どうやら彼女には俺に危害を加える気はなかったようだ。

逃げても追って来なさそうだったから直ぐにでもその場を去れば良かったんだけど、俺はそうしなかった。

多分俺はその時すでに彼女の不思議な魅力に惹かれていたんだと思う。

俺は彼女にふと「ねえ、どうしてそんなに月を眺めているの?」と聞いてみた。

そしたら彼女はまた俺の顔を一瞬だけ見て言った。

「だって私、太陽は見れないから。月が私の太陽なんだ」

俺は「そうなんだ」と一言だけ言うと彼女と同じように月を眺めてみた。

しばらく二人で月を眺めていると彼女は急に俺の顔を見つめて言った。

「あの、もし良かったら額に付いてる血を舐めても良い?もう何日も食事してないの」

俺はちょっと考えて「うん、良いよ別に」と言った。

すると彼女はゆっくりと俺の方に歩み寄って来た。

そして俺の頬に両手を優しく添えると額に付いた血をすすり始めた。

その時どおしても恥ずかしくて、くすぐったくて、でもなんか嬉しいような怖いような何とも言えない不思議な気持ちになったのを今でもハッキリと覚えているよ。

しばらくすると彼女は「ありがとう、もう終わったよ」と一言だけ言うとその場から立ち去ろうとした。

俺は思わず「ちょっと待って、明日もまた会える?」と彼女に聞いた。

そしたら彼女は少し嬉しそうに頷いてから夜の闇に消えて行った。

俺はしばらく彼女が去った方向を見つめながらぼーっと突っ立っていた。

それから10分くらい経った頃、遠くの方で俺の名前を呼ぶ友人たちの声が聞こえて来たんだ。

俺は声を頼りに森を少し進むとようやくみんなに会う事が出来た。

彼等は体中泥だらけの擦り傷だらけだったけど大した怪我もなく全員無事だった。

「良かったなお前ら全員無事で」と俺が言うとみんなは呆れた様子で言った。

「それはこっちのセリフだよ。お前だけ全然見つからないから吸血鬼に殺されちまったんじゃないかとみんな心配してたんだよ」

俺は一瞬ドキッとして「いや、吸血鬼なんてやっぱりただの噂だよ」と言った。

その後はみんなで親への言い訳を考えながら家路に就いたんだけど、俺は誰にも彼女の事は話さなかった。

誰とも共有したくなかったんだ。

翌日彼女に会いに行ったかって?

行ったよ、でもその時の話は本当に誰とも共有したくないんだ。

お知らせ

この話を含む詩集をAmazonの公式ストアで販売中です。

興味のある方は下のリンクから商品ページに行けます↓

https://www.amazon.co.jp/dp/B0DHDC9CW2

関連記事

詩「降りろと男は言う、死神は笑う」

ちょっと怖い詩「今日誰かが落ちる」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です