もくじ
城の過去
無人と化した町を抜け、いくつもの田園風景を過ぎ、山間の谷を越え、大きな大きなあの屋敷林に再びたどり着いた男、そこで彼は一人の奇妙な男と出くわした。
昨日の今日、さらにここはあの城のすぐ近くだ。
まともな「人間」な訳がない!この男もあの悪夢の中の登場人物の一人に違いない….
しかし、男は警戒しながらも再び人間と出会えた事にどこか安堵していた。
が、その奇妙な男が一歩、また一歩と近づいて来るに連れて彼の心臓は高ぶり始めた。
というのもその男、まるで「生きた人間」という感じがしなかった。
肌は異常なほど白く、表情は石のように固まったまま、物音一つ立てずに静かに歩いた。
そして目の前までやって来るとその男はじっと彼の目を見据え、重々しく澄んだ声で彼に語りかけた。
奇妙な男「あの屋敷へ行くのかい?」
男「ああ」
奇妙な男「行った所でお前さんに何ができるんだい?」
男「分からない。それを確かめに行くんだ」
奇妙な男「ふふ、だったら城の蔵書室に行くといい」
男「蔵書室?なぜ?」
奇妙な男は質問に答える事無くなにやらズボンのポケットの中をゴソゴソあさり始めた。
奇妙な男「これを持って行きな」
彼がそう言って手渡したのはガレージの鍵(リモコン)とバイクの鍵だった。
男「なんだこれ?あの城にはガレージまであるのか?」
奇妙な男「ないよ」
そう言うと奇妙な男は彼を横切り行ってしまった。
「一体……」
男は釈然としないままその場を後にし城へ向かった。
……数十分後
再び城の門をくぐった男は内心とてもビクビクしていた。
それもそうだ、その城であんな光景を目の当たりにしたのだから。
もしかしたら次は自分の首に斧が食い込むかも知れない。
そんな不吉な事を考えながら彼はあの奇妙な男に言われた通り、蔵書室を探して城の中を歩いた。
城内で出くわす扉を開ける度に男の緊張は高まった。
「ガチャ….ここも違う」
「たくっ、どこにあるかくらい教えてから行けよな。心臓に悪いぜ」
30分で18回も間違った部屋の扉を開け、男はようやく蔵書室にたどり着いた。
しかしここでも彼は困惑した。
「ちょっと待て!こんなに大量の本全部読めってのか?」
そう、彼はあの奇妙な男から蔵書室に行けと言われただけで具体的にどの本を読めとも言われていなかったのだ。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも彼は本棚の端から端、上から下までそれらしいタイトルの本を探し始めた。
……..ほどなくして
「The History of the Castle(城の歴史)」
これだ!!
意外にもすんなりそれらしい本を見つける事ができた。
そして男はその分厚い本を棚から取り出し読み始めた。
「…………………….1616年9月3日、災害により半壊した城の再建設工事がようやく終わり領主様、私を含めた数多くの者がその城に再び移り住んだ………」
どうやらこの本は城に従事していた者が日記調に書いたものらしい。
「新しく再建された城は各所に新しく現代風の装飾が施されているが、かつての威厳、誇りはそのままだ…………………………….
…………….1619年1月8日、城の再建築から3年が過ぎた頃、オズワルドという名の老人が城にやって来た。
彼の出で立ちから門番の者達は彼が城に入るのを固く拒んだが、心の優しい領主様自ら彼を城に招き入れ、役職を与え、城に住まわせてやった。
領主様は私にその恵まれない貧しい老人を寛大な心でもてなすようにと仰ったが私にはどうもこの老人が胡散臭く感じて仕方がなかった…………
………….1619年3月9~16日、この一週間の間に城の内部で行方不明になる者が出始めた。
一人また一人、私は底知れぬ不安感を募らせていた………..
……1619年3月20日、私はこの一連の行方不明者続出の原因があの老人、オズワルドにあるのではないかと疑い始めた。
いいや違う、私は初めから知っていたのだ。
なぜなら最初の行方不明者が出た時、とっさに思い浮かんだのは失踪した者の顔ではなくあの老人、オズワルドのものだったのだから。
思い返せばあの男、初めからおかしいと思った。
領主様から庭師としての役職と立派な寝室を与えられておきながら、あの男、今までの環境と違いすぎると言って地下の貯蔵室に移り住みたいと言い出したのだ。
私は反対したが、領主様は老人、オズワルドに地下の貯蔵室を管理する事を条件にそこでの生活を許可してしまった……
…..1619年4月2日、依然として行方不明者の数は増え続けていた。
たまりかねた私はついに私の疑惑を領主様に打ち明けた。
しかし私の予想通りあの方はか弱い老人の味方をし、私の言う事には耳を貸さなかった……
…..1619年4月5日、この日ついに領主様の一人息子、ミリアム様が忽然と姿を消し、城は大騒ぎになった。
信心深い領主様はこの一連の行方不明者続出の原因が悪魔によるものだと信じ込み、近隣の村から牧師様を呼び対処してもらう事にした。
…..1619年4月6日、牧師様と従者の方が城に到着された。
私は従者の方の両手に聖短剣が握り締められているのを見て固唾をのんだ。
さっそく牧師様にこれまでの経緯をお話し、城内へと案内した。
ところが城内へと一歩足を踏み入れた瞬間、突然牧師様の顔色が真っ青になり、額からは冷や汗があふれ出始めた。
「地下だ….」
牧師様が小さな声でそう呟くと、私と領主様はすぐに顔を見合わせた。
互いに言葉には出さなかったが分かっていた。
「オズワルド….」
そして牧師様は我々を地下へと案内させた。
地下に降りたのは私を含め、領主様、牧師様、従者の方、衛兵2名の計6人。
一人も口を開かず我々一行はただ黙々と地下廊下を下った。
地下廊下と言っても大きな城のものだから、設計上は幅も高さも窮屈に感じる事はないはずだが、その日は違った。
重々しい空気が我々を圧迫し、まるで閉所に監禁されているかのように感じた。
歩き始めて10分ほどが過ぎた頃から辺りに血と獣の匂いがし始め、周辺の空気がより一層重くなるのを感じた。
そしてとうとう貯蔵室の扉の前に辿り着くと、案の定、牧師様は立ち止まって言った。
「ここだ」
私はすぐに領主様の方を見たが彼は固く拳を握り締め、ただ貯蔵室の扉をじっと見ていた。
するとその時部屋の中から
「ギィヤァーーーーー」
と、断末魔のような叫び声が鳴り響き我々を一瞬にして凍りつかせた。
いち早く冷静さを取り戻した牧師様は従者の方から聖短剣を受け取り、勇ましく扉に手をかけた。
「ギィーガチャ……!?」
先ず扉を開けると中には2人の人影が確認出来た。
そして松明の明かりをそれらに向けた瞬間……おお神よ私は目を瞑ると未だにあの光景が鮮明に蘇る。
松明の明かりに照らされ、斧から滴る黒い血が、領主様の絶望したお顔が、蛇のような冷たい、無機質な眼差しを静かにこちらに向けるオズワルドが、そして首を切り落とされたミリアム様のお体とその恐怖に歪んだお顔が。
その後に起きた事は今こうして文字に起こす事も恐ろしいが、これは私に課せられた使命、書き記さなければならない。
先ず行動を起こしたのは牧師様、彼は聖短剣を抜くとオズワルドの心臓めがけて突き刺した。
聖短剣が奴の皮膚に触れた瞬間、老人の肌は急に膨れ上がり、刃を弾いた。
「ヴァァァァァァァァァァ!」
地響きのような雄たけびを上げる老人オズワルド。
痩せこけたねずみのように小さかった老人の体は瞬く間に2メートルを優に越す巨大な物になった。
「おお神よどうか….ズシャ」
牧師様の最後の祈りは神には届かず、邪悪な老人によってかき消された。
彼の首は宙を回り地面へと鈍い音を立てて落下した。
聖短剣はその手に握られたまま牧師様の体と共に虚しく地面に崩れた。
そして領主様。
あぁ…あの時何が何でもお止めすべきだった…,
我が子の変わり果てた凄惨な姿を目の当たりにした領主様は怒りに震え、眼前で雄たけびを上げる化け物に対し恐怖を感じている様子は全くなかった。
彼は聖短剣を牧師様の手から拾い上げると勇ましくオズワルドに向かっていった。
「グチャ….」
………………..
オズワルドは領主様を一撃で絶命に追い込むと頭から貪り食い始めた。
それを見た衛兵の一人が突然嘔吐した。
無理もない、辺りに立ち込める臭気と血の匂い、そして目の前に広がる地獄絵図。
この場に残された者全てが恐怖し、そして二度とこの地下から出られないだろうと確信していた。
そんな中、牧師様の従者の方が私と衛兵二人に背を向けて言った。
「私があれを押さえる…..長くは持たない…..全てを押さえる事もできない…..早く逃げてください….」
衛兵の二人は一目散に貯蔵室を飛び出し、私はミリアム様、牧師様、領主様のお三方の亡骸に一目やると、従者の方に一言礼を言い、衛兵2名に続きその部屋を後にした。
幸運にもオズワルドは目の前の従者の方に意識が向いていて我々を追う素振りは見せなかった。
恐らく彼をすぐに片付けてその後でゆっくり追うつもりだったのだろう。
ともかく無事に部屋を出た私は振り返る事もせずに一心不乱に地上へと急いだ。
そしてようやく地上へ出た私は城の者皆にこの悲報を伝え、すぐさま城から避難するように指示を出した。
そして城内に残った衛兵達を全て集め、化け物を討伐しに再び地下へと戻った。
私は…………………….その………を……..そん…..駆られ……………..従者の方…………………………………………………..」
「!?」
おいおいどういう事だ!
肝心な部分が染みだらけで読めないじゃないか!!
男はその後に何が起こったのか知ろうと必死で文字を読み取ろうとしたが、出来なかった。
彼はしばらくその場に呆然と立ち尽くし、本の中身を頭の中で整理した。
「地下か…..」
男がそう呟き、本を棚に戻そうと手を伸ばしたその時、一枚の紙切れが本の隙間からすべり落ちた。
この城へ導かれた者へ
聖短剣を求めなさい
それは私の腕に抱かれ、共に眠っています
私たちの静夜を取り戻してください….ミア
「ミア?」
物語には登場しなかった名前だ。
「しかしどこかで…………..!?」
男は突然何か思い立ったように急いで本のページをめくり始めた。
「確か流し読みした冒頭のページに…..あった!」
男はその本の冒頭に記された家計図を確認し「ミア」の名前を見つけた。
彼女は領主の妻の連れ子だった。
「私たちの静夜を取り戻してください……」
男はもう一度メモを読み、深く深呼吸をし目を閉じた。
再び目を開けた時、男の瞳は夜明けの白んだ空よりも清々しく澄んでいた。
男はズボンの後ろポケットにその紙切れを押し込み、彼女の待つ寝室へと向かった。
「カツ・カツ・カツ・カツ…….」
再びその長い長い廊下を歩く男の足音が大きく鳴り響く。
それはこの静寂に包まれた城に響く唯一の音、男の背中が妙に切なく感じた。
男はこの時何を考えていたのだろうか?
見知らぬ土地で一人、突如託された願い、地下の化け物……….
誰でも逃げ出したくなるような状況だったがそれでも男はそうしなかった。
きっと彼はこの城で起こった事とそれに対峙するのが自分の宿命とでも思って受け入れたのだろう….
城の間取りを大凡掴んでいた男は今度はすんなりとミアの寝室へと辿り着いた。
そこは寝室と言うには余りに大き過ぎた。
それはまるで舞踏室のようだった。
目に付くのは太く無骨な柱ばかり、女の部屋とは思えぬほど物がなく、辺りは閑散としていた。
その部屋に置かれた家具は天蓋付きの大きなベッドだけだった…
男はすぐにはベッドのカーテンに手を触れなかった。
時間、気の遠くなるような長い時間、彼女はこのベッドの上で失われた静夜を待ち続けていたのだろうか?
男はしばらくの間、柱に手をついたまま感慨深い思いに心揺さぶられていた。
ほどなくして彼はベッドのカーテンに手を触れた。
その時一瞬涙がこぼれそうになったがこらえ、カーテンを静かに開けた。
そこには長い年月の経過により白骨化したミアの遺体とその両の手にしっかりと握られた聖短剣があった。
そして男は聖短剣を彼女の手から受け取ると遺体を優しく横に寝かして額にキスして言った。
「Good night Mia.」
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