画家 クリムトについて

クリムトは19世紀終盤から20世紀初頭にかけて活躍したオーストリア出身の画家である。

また、彼はウィーン分離派の創設者にして、象徴主義アール・ヌーヴォーを代表する一人であると言われている。

『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』のように金箔を多用した黄色を基調とする装飾的な作風で有名なクリムトだが、日本の浮世絵琳派りんぱゴッホの風景画などを彷彿ほうふつとさせる作品も多数残している。

なお、クリムトが絵画に金箔を多用した時期は「金の時代」または「黄金時代」と呼ばれているそうだ。

今回はこのようにクリムトについて私が知っている事や調べた事などを簡潔にまとめて分かりやすく紹介していきたいと思うので、最後まで楽しんで読んでくれたら幸いだ。





クリムトの基本情報

先ずは生誕や死没など、クリムトに関する基本的な情報を箇条書でまとめてみよう。

・名前:グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)

・生誕:1862年7月14日 オーストリア、バウムガルテン

・死没:1918年2月6日 オーストリア、ウィーン(55歳没)

・死因:脳梗塞のうこうそくと肺炎

・墓所:オーストリア、ウィーン、ヒーツィング墓地

・性格:穏和、猫好き、女好き

・配偶者:なし

・子供:多数(主にモデルを務めた愛人との子供)

・主な代表作:『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 1907年』『接吻 1907-08年』『カンマー城の公園の並木道 1912年』『死と生 1915年』『扇子せんすを持つ女性 1918年』.etc.


クリムトにまつわる話

芸術家商会

クリムトは1876年に博物館附属工芸学校に入学し、1879年に弟エルンストと友人のフランツ・マッチュと共に共同で美術やデザインの請負を始めたと言われている。

そして、学校を卒業すると3人は劇場装飾の仕事を主に請け負う芸術家商会という組織を設立したそうだ。

ビジネスは直ぐに軌道に乗って、1888年にはウィーン市から依頼を受けて制作するなど、クリムトたちは装飾画家として成功を収めたという。

ウィーン分離派

ウィーン分離派は古典的あるいは伝統的な美術からの分離を掲げる若手芸術家たちによって結成された組織団体であり、当時30代半ばだったクリムトが初代会長を務めている。

なお、当時の美術組合は保守的で新しい手法や表現方法などを認めない風潮がまだあったが、分離派の活躍によってモダンデザインなども広く一般的に認められるようになったと言われている。

最後の言葉

クリムトは女性を官能的に描いた作品を多数残しているが、彼はモデルになった多くの女性たちと関係をもっていたと言われている。

中でも著名な愛人はエミーリエ・フレーゲという女性であり、クリムトの最後の言葉も「エミーリエを呼んでくれ」だったそうだ。


代表作にまつわる話

『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 1907年』

出典 Wikipedia

本作はウィーンの銀行家で実業家のフェルディナント・ブロッホ=バウアーの妻、アデーレを描いたもので、クリムトの代表作の一つにして、最も有名な絵画の一つでもある。

報道によれば、2006年6月、当時としては史上最高値の1億3500万ドル(156億円ほど)で売却されたそうだ。

『接吻 1907-08年』

出典 Wikipedia

本作もまた「金の時代」または「黄金時代」に描かれたクリムトの代表作の一つであり、モデルはクリムト自身と前項の「最後の言葉」のところでも言及した愛人のエミーリエ・フレーゲだと言われている。

なお、本作は日本画の琳派りんぱの影響を受けた作品であるとも言われているそうだ。

『カンマー城の公園の並木道 1912年』

出典 Wikipedia

冒頭でクリムトはゴッホの風景画などを彷彿とさせる作品を多数残していると言ったが、本作はその内の一つである。

細かい違いはあるものの、絵のタッチや色使いがどことなく類似しているので、おそらく誰が描いたか分からない状態で、本作はゴッホが描いたものだと言われたら大抵の人が納得してしまうだろう。

なお、クリムトとゴッホはほぼ同時期を生きた画家なので、お互いに意識し合っていた可能性もある。

『死と生 1915年』

出典 Wikipedia

クリムトと言えば金箔を多用した黄色を基調とする装飾的な作品を描く画家というイメージだが、晩年は本作のように死を連想させるような作品を何点か残している。

本作は見たまま左側が「死」を、右側が「生」を表している。

扇子せんすを持つ女性 1918年』

出典 Amazonの商品ページ

ゴッホもそうだが、クリムトもまた同時代の芸術家と同じように日本や東アジアの文化や美術の影響を強く受けている。

本作は扇子を持った着物姿の女性が描かれており、日本や東アジアの文化に影響を受けた作品である事は明らかである。





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